東京都世田谷区にある関東中央病院は、オーダリングシステムの導入とともに医薬品情報管理システムを導入・運用している。同システムの導入は、医師や薬剤師からのDI室への問い合わせと医薬品集管理業務に忙殺されていたDI担当者の業務変化をもたらし、新たな収益活動を促進するとともに、医薬品情報の活用による医療の質向上に寄与している。
東京・世田谷区は馬事公苑近くの閑静な住宅街にある公立学校共済組合 関東中央病院は、その名称が示す通り公立学校教職員のための職域病院として開院、現在では公立学校共済組合員とその家族だけでなく、広く地域住民にも利用される病院である。1日の平均外来患者数は約1200人、紹介率は40%に迫る地域診療連携に取り組む中核的な医療機関だ。
同病院では、2004年4月にオーダリングシステムの導入と同時に医薬品情報統合システム(DI支援システム)を導入し、医薬品情報活動を行っている。同システムは、毎日更新される添付文書情報を院内の各部署で検索・利用でき、改訂内容の確認、各種情報の検索、院内医薬品集などのデータの作成ができるもので、オーダリングシステムとの連携運用も実現するとともに、入院患者の持参薬管理やジェネリック医薬品情報など、医療機関のDI業務全般を支援するものだ。
医薬品情報を表示する画面
DI室に求められる情報は、主に医薬品の一般的事項と安全性に関するもの、これらのニーズにあった情報の収集が必要。収集した情報は常に最新のものでなければならず、改訂・追加があった場合は迅速に更新を行っていかなければならない。その業務負担は非常に大きく、特に総合病院では扱う医薬品の種類は膨大になる。ちなみに、関東中央病院で採用している薬剤総数は、1605品目にも及ぶ。薬剤部では、各銘柄の用量・剤形別に在庫を管理しながら、それぞれの薬について用法・用量、薬物動態の特徴、禁忌、相互作用、などを把握し、それらに関する院内からの問い合わせ対応に多くの時間を割かなければならないのが現状だ。
関東中央病院には19名の薬剤師が在籍するが、DI支援システム導入前はそのうち3名が医薬品情報管理業務に携わっていた。普段は2名体制でDI管理業務にあたっていたが、医薬品集の修正作業と医師や薬剤師からの医薬品情報に関する問い合わせに対応するために、1名はほぼDI室に詰めている状態。毎日、医薬品メーカーのMRが持ってくる添付文書の修正情報などを、医薬品集に訂正を書き込む作業に午後いっぱい忙殺され、加えてDI室には年間 400件を超える薬品鑑別や用法・用量、効能・効果、副作用などの医薬品に関する問い合わせがあった。
薬剤部医薬品情報室の喜古康博氏
「DI担当者は、MRの説明を聞いて必要か否かを判断しながら手書きで医薬品集に書き込まなければならない上、1年に1回配布する追補版の作成、年3回開催される薬事委員会向けの資料作成作業などにも多くの時間を費やされ、薬剤師本来の業務である調剤や服薬指導ができない状態でした。そうしたDI管理作業に手を煩わせられるにもかかわらず、医薬品集の信頼度となると、2年に1回の定期刊行、その期間の差分情報を提供する追補版だけでは不確実な情報といわざるをえません。そもそも数百ページに膨れあがった医薬品集と追加・修正冊子が何枚もある状況では使いにくく、それがDI室への問い合わせ増加という結果を招いていました」。薬剤部医薬品情報室の喜古康博氏は、当時のDI業務の実状と課題をこう述べる。
事務部長の高橋幸朗氏
DI支援システム導入の経緯は、オーダリングシステムを導入する際に、医薬品情報管理の効率アップとコスト削減をめざして決定されたものである。医薬品情報管理に薬剤師が専任的にかかわることの非効率性、DI管理の業務負担、さらに2年ごとに改訂される医薬品集の制作に約300万円の費用がかかっていたことなどが導入決定の判断となった。
「医薬品集の編集当初はポケットに入るサイズで使いやすいという評判でしたが、添付文書の必要情報を広範にカバーしていくうちに判型もページ数も膨れあがり、携帯できない上に使いにくくなってきました。2年に1回の改訂版と追補版冊子では情報の鮮度も落ち、制作にコストをかける割に利用度が低下するというジレンマに陥っていました。DI支援システムの効果を試算すると、医薬品集制作などにかかる人件費を除いても、4年間で200万円のコスト削減効果があると見込まれたことが導入を決定した要因です」。事務部長 高橋幸朗氏は、DI支援システム導入の経営判断をこう指摘する。
DI支援システムの機種選定を行っていく中で、喜古氏はオーダリングシステムを導入したNECの紹介で日本ユースウェアシステムが開発した「JUS D.I.」を知った。そのほかに2社のDI支援システムを候補として検討した結果、JUS D.I.の導入を決定したものである。
トップページをカスタマイズして新規採用役の情報や厚労省の発表資料などの情報共有に役立てている
同システムを採用した理由を喜古氏は、次のように述べる。
「最大の理由は、情報の新鮮さ。添付文書データの更新が、他社のシステムでは半年に1回程度だったのに対し、JUS D.I.は毎日更新されるため最新の情報を利用できること。それに加え、情報そのものの正確性に信頼がおけるものだったからです。添付文書の変更をJUS D.I.の総販売元であるスズケンの医療情報室で確認して提供されるので、データ信頼性が高いと判断しました」(喜古氏)。
また、既に使用していたWindowsパソコンに簡易に導入でき、しかもユーザー・インターフェースに優れ、画面構成や表示する情報をカスタマイズできる利便性の高さも採用の理由だったという。
導入されたシステムは、オーダリングシステムで利用されている260台のクライアント端末からアクセスできる。通常はDI提供ホームページで情報検索するが、オーダリングシステムとも連携され薬剤処方オーダーからもアクセスできるようになっている。インターネットを使ってダウンロードされるDIの更新データは、セキュリティを考慮して院内イントラネットに接続されていないデータ取得用PCから記憶メディアを介してJUS D.I.サーバーに移動させている。
DI支援システムへのアクセスは、2005年度で15,918回、2006年度には22,522回への拡大した
DI支援システムを導入して3年が経過したが、システムへのアクセス件数は年々増加し、その件数は予想をはるかに上回るものだった。システムのログ解析から、2004年はシステム利用の習熟度の問題があったが、2005年度の年間総アクセスは1万5918回、2006年度には2万2522回に達している。このアクセス数はJUS D.I.に直接アクセスした延べ回数であり、医師が処方の際にオーダリングシステムからアクセスしたものはカウントされていない。このアクセスを加えると、「およそ1.5倍の3万5000回はあるのではないか」(喜古氏)という。
DI支援システムへのアクセス数増加に呼応するように、年間400件以上あったDI室への問い合わせが2005年度には200件台へと減少した。特に医師からの薬品鑑別、用法・用量、効能・効果、副作用など添付文書に記載された内容の問い合わせが減少したことと、医師のDI支援システムへのアクセス数(2006年度:8813件)を考えると、添付文書レベルの単純な疑義はDI支援システムを使用することによって、即座に解決できていることが伺えるという。
「DI室への問い合わせは、適応外はどんな状況か、あるいは化学療法に関する質問など添付文書に記載されていないものがほとんどで、質問内容が深くなったと感じています。それ以外はDI支援システムへのアクセスで十分に解決できている証拠でしょう。問い合わせ内容の深さやアクセス件数から見て、医薬品情報活用の質が上がり、ひいては医療の質の向上に寄与しているのではないかと思われます」(喜古氏)と、システム導入の効果を指摘する。
DI室への問い合わせ件数は、DI支援システム導入後は3割程度減少した
薬剤師のアクセス数も多く、各薬剤師はDI支援システムを主に使用して医薬品情報活動を行っていると考えられる。これは、JUS D.I.がインタビューフォームや配合変化表など添付文書記載以外の情報も閲覧や錠剤鑑別を病棟などの端末で行える機能を持っているためと考えられている。また、特に看護師からの問い合わせに対して、ナースセンターなどで検索してその場で回答できるようになり、以前のようにDI室に戻って調べて回答するような手間がなくなったほか、持参薬管理機能もあるため以前のような紙での管理から効率性が大幅に向上した。
DI支援システムによってDI担当者の業務負担は大幅に軽減され、薬剤師本来の業務に専念できる環境ができたことも大きな効果といえる。
問い合わせ業務は収益を生む仕事ではなく、これまでできなかった病棟業務にかなりの時間を割けるようになり、本来の服薬指導や調剤業務に専念できるようになったことが大きい」(喜古氏)と、単に業務負担の軽減だけでなく、仕事の質の変化についても強調する。事務部長の高橋氏も「薬剤情報管理の人員削減も考えられるが、そのリソースを診療報酬にかかわる病棟業務に向けることで新たな収益活動が可能になります。その点を考えれば、DI支援システムの導入はコスト削減効果以上に、十分にメリットがあります」と指摘する。
今後、同病院では情報検索の利便性を上げるために、病棟でアクセスできる端末を徐々に増やしていく予定である。現在260台の端末があるが、ナースステーションなどでは看護支援システムなどでも頻繁に利用されており十分な環境といえないため、その環境整備によりDI支援システムの利用率を高めていく。高橋氏は個人的な願望と前置きしながら、「クライアントライセンス料の負担問題もありますが、モバイル端末で検索できるようになれば、より利便性は向上すると考えます」と語る。
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日経メディカルオンライン「医療とIT」に掲載(2007年5月22日)された記事から転載したものです。日経BP社に転載許可をいただいております。